田中史子のつぶやきコラム

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つぶやきコラム

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2018.5.5

宗教活動と離婚

夫(もしくは妻)が宗教活動を行っていることを理由に、離婚が認められるでしょうか。

夫婦であっても、それぞれ信仰の自由があり、夫(もしくは妻)に自分の信じている信仰を押しつけたり、夫(もしくは妻)の信じている信仰を禁止したりすることはできず、夫(もしくは妻)が宗教活動を行っていること自体は、離婚原因とはなりません。しかし、他方、夫婦には協力・扶助義務があります。夫(もしくは妻)が、宗教活動に過度に専念し、家庭生活をかえりみず、夫婦の協力・扶助義務を果たさない場合には、「婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)に該当し、離婚原因となる場合もあります。

この点、妻がある宗教を熱心に信仰していることに、夫が耐え難い違和感を感じ、7年間以上別居状態が続いていると言う事案で、平成2年12月14日大阪高等裁判所判決は、夫からの離婚請求を認めなかった一審の判決を覆して、離婚を認めました。一審においては、夫が妻の信仰の自由を尊重し、一方、妻も宗教上の信条を余りにもかたくなに押し通すことなく、状況によってはこれを自制する弾力的な態度をとれば、実態のある婚姻関係を修復する余地があると認定されていたのです。

しかし、上記大阪高等裁判所判決においては、「信仰の自由は夫婦といえども互いに尊重しなければならないことはいうまでもないが、しかし、信仰の自由といっても、夫婦として共同生活を営む以上自ずから節度があるべきものであり、相手方の意見や立場を尊重して夫婦及び家族間の関係が円満に行くように努力し、行き過ぎは慎むべきものである。」とした上で、妻の行動は、「いささか限度を超えるところがあり夫婦間の協力扶助義務に反していると言わざるを得ない。」としました。そして、夫にも、妻の信仰の自由を尊重する寛容さが足りない面がないとは言えないが、妻の行動と対比すれば、夫の方に婚姻関係破綻の主たる責任があるとはいえないとして、夫からの離婚請求を認めました。

一方、妻の宗教活動が原因で別居に至り、夫が離婚を求めている事案において、夫が信教の自由という理念を理解し、妻の信仰に寛容になることで、婚姻生活を回復する余地がある等として、離婚を認めなかった判決もあります(平成3年11月27日名古屋高等裁判所判決等)。

結局、宗教活動を理由に離婚が認められるかどうかは、裁判においては、夫(もしくは妻)の宗教活動が具体的にどのようなものなのか、それにより家庭生活にどの程度支障がでているのか、別居後、何年経過しているのか等の事情を総合的に判断し、決定されているといえます。